◎【萩生田富司議長】 以上で質疑は終わりました。
 進行します。
 本案について討論の通告がありますので、順次許可します。
 この場合、討論時間は15分以内としますから、あらかじめ御了承願います。
 第40番、井上睦子議員。

〔40番議員登壇〕  
 議員提出議案第14号、教育基本法の早期改正を求める意見書に対する反対討論をネット・社民を代表して行います。

 教育基本法は、1947年3月に制定されました。前年の11月には日本国憲法が公布され、戦後の新しい民主主義の国づくりが本格的に始まった時期であります。

 教育基本法は、戦前、戦中の教育に対する深い反省に立っています。教育の根本的なあり方について、基本的な方向性を与え、基礎となるべき原理を指し示す準憲法的な法律として教育基本法は存在しています。

 教育基本法の意義と特徴は、第1点目に、教育勅語を否定し、教育を個人の権利としたところにあります。戦前の教育は、1890年に公布された教育勅語という天皇の言葉によって根本的なあり方が定められておりました。教育の根本は、天皇の徳化と臣民の忠孝を基礎とする国体にあるとし、天皇に対する絶対的な忠誠に集約されていました。教育勅語は、戦時中に行われた軍国主義教育において、残念ながらその力を発揮いたしました。

 天皇のために戦地に赴き、立派に美しく戦い、死ぬことが日本人として生きる目的だと教えられたのです。子どもを死を恐れぬ兵士につくり、そして、その命を消費していくものになってしまいました。子どもひとりひとりの命やさまざまな個人的な思いに価値はなく、ただ、天皇のため、お国のために死んでいく瞬間に真の日本人として輝くという考えでありました。子どもは、あくまで国家のために役立つべき存在であって、その意味で、子どもは国家の道具でしかなかったのです。

 教育基本法は、こうした教育勅語に対するきっぱりとした否定から出発しています。このことは、前文や第1条の目的に掲げられた条文から明らかであります。第1条では、アジア太平洋戦争という惨禍をもたらしたことへの反省として、平和的な国家及び社会の形成者として明らかにされております。そしてまた、個人の価値をとうとび、自主的な精神に満ちた国民の育成などの言葉にあるように、教育基本法は、教育が国家に対する忠誠であったのに対し、教育を個人の権利としてとらえるという、国家が主体から、国民が主体へと、大きな転換をしたことが画期的であり、まず第1の意義でありました。

 第2の意義は、教育基本法は日本国憲法との深い関連性と一体性を持っている点であります。前文では、「日本国憲法を確定し」と、日本国憲法の制定を前提として、「この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきである。」と述べられているように、教育基本法は、日本国憲法の実効性を担保する最も重要な法律として期待され、制定されました。

 また、「日本国憲法の精神に則り、」「この法律を制定する」と書かれていることから、教育基本法が何より憲法の理念に基づいていることは明らかであります。実際、教育基本法第3条の教育の機会均等と、憲法第14条の法の下の平等、教育基本法第4条の義務教育と憲法26条の教育を受ける権利、教育を受けさせる義務、義務教育の無償という条項、教育基本法第9条の宗教教育と憲法第20条の信教の自由、国の宗教活動の禁止など、教育基本法の条文と日本国憲法は密接に関連しています。このため、教育基本法は準憲法的、または憲法保障的な法律であるという性格を持つと高く評価されています。つまり、教育基本法を改正するということは、提案者は明確に語られませんでしたけれども、憲法改正と深くかかわっているということを意味しています。

 教育基本法に前文があることは、法律としては異例でありますけれども、教育基本法が教育勅語の否定と憲法との深い関連性を持つことを訴える教育宣言としての性格を持っていることを示しています。

 第3点目の特徴は、教育基本法は、他の教育法令の原則的な位置を占めているということです。教育基本法の第11条は、「この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない」とあるように、教育基本法は、理念的であると同時に、他の教育法令を統括する位置にあります。教育基本法制定以降、学校教育法、教育委員会法、社会教育法、義務教育国庫負担法など、戦後の主要な教育立法が新設されてまいりました。こうして戦後の教育法制は、教育基本法制と呼ばれるようになりました。このことは、教育基本法の重要性を示すと同時に、教育基本法の改正が、教育法令全体に大きな変更をもたらす可能性があることを示しています。実際、中教審答申では、教育基本法改正に合わせて学校教育法、社会教育法など個別法律や学習指導要領など教育全般にわたる見直しを提起しています。教育基本法改正によって、教育理念だけではなく、現場の具体的なレベルまで教育を変えていく意図が大いにあります。

 教育基本法の改正は、以上のように、教育勅語の否定、そして、国民主権また日本国憲法との深いつながりということが大きな特徴と、そして、それは私どもが現在においても最も大切にすべき内容であると考えています。

 現在提案されている意見書は、子どもをめぐる問題が山積し、青少年の凶悪犯罪や学校崩壊、いじめ、不登校、また、学力の低下などは、教育基本法を改正すれば解決するかのような印象を与える文案になっています。しかし、提案者からは、このことについて詳細な説明は一切ありませんでした。

 また、この教育基本法の改正によって、こうした子どもをめぐる諸問題を解決するどころか、より子どもたちの困難や苦難が大きくなることが明らかであります。ひとりひとりの子どもの権利が保障されない教育への危険性が大きいと言えます。  教育基本法が国民主権と、子どもが主権者に育っていくためのかけがえのない個人と認め、過去の失敗を反省したものが教育基本法でありますけれども、中教審答申は、教育基本法の改正の必要性について新しい時代の変化に対応するために、今後重視すべき理念を明確化することが必要としています。この新しい時代認識とは、2001年11月に中教審に出された諮問文に明らかであります。その諮問文から読み取れば、新しい時代認識とは、東西冷戦構造の崩壊後、世界規模の競争が激化する時代に、21世紀を切り開く、心豊かでたくましい日本人の育成のために教育基本法の改正が意図されているのです。答申に出てくるたくましい日本人や、郷土や国を愛する心、伝統文化の尊重といった、こうしたキーワードは、戦前の軍国主義への回帰や復古主義だけではなく、新たな21世紀の世界的な大競争時代に対応する人間像や理念を明らかにしています。

 1990年代から、経済界からは、例えばマイクロソフト社のビル・ゲイツ氏のようなトップエリートの養成が求められてまいりました。日本の教育は、平等に重きが置かれ過ぎている。これでは優秀な子どもたちが十分に育たない。だから、もっと教育の効率性を高め、能力を発揮するすぐれた子どもたちを育成していかなければならないという声が経済界を中心に、また臨教審答申のころからなされるようになっています。

 中教審答申のキーワードとして出てくる、また、提案説明に対する質疑の中でも明らかになりました国や郷土を愛する心、伝統や文化は、日本への帰属意識を強め、国の目標に向かって、人々を、子どもたちを動員することが目指されています。教育基本法が、個人の尊厳や個人の価値に重きを置き、ひとりひとりの子ども、個人の権利を尊重するのに対して、中教審答申のいう、個人の自己実現や、個性や能力、そして、その創造性は、国際的な経済競争に勝ち抜く必要な人材の能力であって、強く国家と結びついています。

 戦後、教育勅語から教育基本法へ転換した大きな意義は、国家を主体としたことから個人を主体としたことでありました。しかし、教育基本法の改正を目的とする中教審答申は、再び国家を主体とすること、子どもたちを国家の道具にすることを目指しています。郷土や国を愛する心、伝統文化の尊重という思想、信条の自由であるべきものが、法律によって内容が規定され、社会的な規範として国家から個人に対して強制されることは、戦前のように、個人が国家の道具になることであります。

 戦後、教育基本法が権力を拘束する規範として、個人を守るものへと転換し、憲法の精神を大切にしてまいりました。しかし、教育基本法のこの改正は憲法への挑戦であります。中教審答申は、我が国が国際社会の一員として責任を自覚し、国際社会において存在感を発揮し、その発展に貢献することが一層重要となっていると述べています。国際社会の一員、国際社会での存在感を発揮するということは、小泉首相が米国のイラク戦争への支持と自衛隊を派遣することについて発言した同様の考えの延長線上にあります。このことからもわかるように、中教審の答申、あるいは教育基本法改正をめぐる言説は、憲法9条の尊重ではなく、軍事力を含めた国際貢献の重要性が高まる中で、教育における理念も変化しているとしながら、教育基本法の改正を主張しているのであります。

 先ほど質疑の中で御紹介いたしましたように、ある国会議員は、お国のために命を投げ出しても構わない日本人を生み出すことが改正の目的だと発言しています。これは、憲法9条の改正によって軍事大国化への道を開く憲法改正と、そして、教育基本法の改正が連動しているということのあかしではないでしょうか。平和主義に基づく国際社会への貢献からグローバルな市場経済の秩序の維持のために、軍事貢献へ向けての教育理念を変えていくという、この変化は、教育基本法と、そして、憲法の改正を意味するものでありまして、このことは絶対に容認できません。

 もう一つ大きな問題は、教育振興基本計画が教育基本法の改正に盛り込まれたことによって、教育基本法第10条が禁止する政治や教育行政への介入を不当な支配として退けている点を排除するものであります。また、2項は、教育行政は、教育内容に介入すべきではなく、教育の外にあって、教育を守り、育てるための諸条件を整えることにその重きを置くべきだというふうにしています。

 こうした軍事大国化への路線と、第10条が示す、政治や教育行政による介入、不当な支配を禁じることが重大な教育基本法改正によってもたらされるということを指摘して、反対討論を終わります。